きりたんぽの由来

きりたんぽの本場大館

 秋になって新米が出回り、比内地鶏に脂がのってくると、大館市内のいたるところで「たんぽ会」が催される。10月には「本場大館きりたんぽまつり」が開催され、大館はきりたんぽ一色になる。
 きりたんぽが美味しく食べられるのは10月から冬の2月頃。その中でも特に11月中旬の雪が降る前が最高で、ネギの甘味が増し、セリも柔らかくなり、鍋が一段とおいしくなる。
 大館の人々にとってきりたんぽ鍋は、生活から切り離せない家庭料理の一つとなっている。

たんぽの語源

 たんぽの語源には湯婆(たんば)説と短穂(タンポ)説の二つがある。
 湯婆は昔中国から輸入された筒状の湯たんぽのことで、湯を入れて腰や足を温めるための物。一方、短穂は丸みのあるものを呼称する語で、たんぽ槍や拓本に使うタンポなどがある。

きりたんぽの起源

 「たんぽ」の起源は、比内地方(現在の大館市・鹿角市周辺)と言われており、昔、炭焼きや狩りのため山ごもりした農民が、ご飯をこねて木の串に巻きつけて山神様へのお供え物とし、それに味噌を塗ったり、鍋に入れて食べたものが始まりとされている。また、自給自足の祖先たちが秋の農作業を終え、米、味噌、鶏などを持って木こりや炭焼きに山ごもりし、その日の残飯をこね丸めたり、串に巻いたりして鶏鍋に入れて食べたという夜長の廃物利用食が始まりとされている説もある。
 いずれにしてもこの地域には、農民がその年の農作業を終え、一年中の慰安を兼ねた収穫感謝祭や一家団らんの食事に貧富の区別なく、必ず手づくりの「たんぽ」を会食する風習が続いてきたことだけは間違いない。

比内鶏ときりたんぽ鍋

 きりたんぽ鍋に欠かせないのが「比内鶏」。古くから秋田県の北部、比内地方で飼育されてきた比内鶏はシャモと古くからの比内地方の地鶏との交雑により作り出された。最大の特徴は肉の味が優れ、脂肪が比較的少なく、山鳥に似て淡白で美味なところ。藩政時代にはあまりの美味しさに年貢として納められていたほどである。
 比内鶏は昭和17年に国の天然記念物に指定されたことから、食用にはこの比内鶏の雄とロードアイランドレッドの雌とを交配した一代雑種が「比内地鶏」としてブランド化され、市場に流通している。ブロイラーが40~50日で成鶏になるのに対し、比内地鶏は米代川流域の肥沃な大地で放し飼いにされ(雌は150日以上、雄は100日以上)育つため、肉の締まりが良く、香り、味ともに抜群である。生産されているのはほとんどが雌で、これは雄に比べ肉の味の良い状態が長いため。かむほどに美味く、適度な歯ごたえと出汁の美味しさはまさに絶品。
 この比内地鶏のガラを弱火でコトコト5時間ほどかけて出汁を取り、醤油と酒で味を調え、ゴボウ、キノコ、ネギ、セリなど昔からの地場の野菜と、ご飯をつぶし、秋田杉の串に巻きつけてこんがりときつね色に焼いたたんぽとともに煮て食べるのがきりたんぽ鍋である。

美味しさの秘密

 比内地鶏はブロイラーと比較してうまみ成分であるイノシン酸を多く含んでいる。また最近の研究結果から、脂肪を構成する脂肪酸の一つであるアラキドン酸を多く含んでいることが明らかになった。さらに、ブロイラーよりも筋肉を構成する筋繊維が太いため、歯ごたえがある。これらが比内地鶏の美味しさの秘密である。

 

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